Innovators Hundred Hiroshima イノベーターズ100広島

Interview
先人たちへのインタビュー

イノベーターズ100 トーク「カルビー株式会社 松尾雅彦 相談役」

 イノベーションを起こすとなれば多くの人が想像の遠くおよばない、未来のことを考えがちだ。しかし、過去を紐解けば、我々にとって馴染み深い製品や企業の歴史にれっきとしたイノベーションの事例が眠っている。

広島県では、特に第2次世界大戦以降、こうした輝かしいイノベーションが数々花開いた。中でも、いまや日本を代表するスナック企業となったカルビーは、広島で生まれた会社である。

カルビー株式会社は、1949年広島市で松尾糧食工業株式会社として設立。戦後の日本に栄養を届けたいという思いから、当時の日本人に不足しているとされたカルシウムの「カル」と、ビタミンB1の「ビー」を組み合わせて「カルビー」の社名が付けられた。当初は苦労の連続であったが、その後「かっぱえびせん」が大人気を博す。

 松尾雅彦相談役は1967年に入社。同年創業者である父・松尾孝氏と共に国際菓子博覧会で訪れたニューヨークで、行く先々の店頭で山積みに売られているポテトチップスを初めて目にして衝撃を受ける。作り方を店頭で聞くことからスタートし、1975年には「カルビーポテトチップス」として販売を始める。

 

 

 今回イノベーターズ100広島ではプログラムを開始するにあたって冒頭にこのカルビー株式会社三代目元社長であり、現相談役である松尾雅彦氏を迎えた。「私は40代の初めに、あるイノベーションモデルに確信を持ち、それ以降全勝です。」と口火を切った松尾相談役。漠然と目先の新しいものと結びつけがちな「イノベーション」という言葉だが、そこには確固とした実現したい未来像と、そこにたどり着くためにしなくてはいけないことがある。ビジョンやバックキャスト、プロセス・イノベーションなど、自らの実体験を交え分かりやすく伝えつつも、そこには机上の空論では決してない確固としたイノベーション論があった。


 

「まずやってみて、失敗する。そうすれば本当にやりたいことがわかる。」

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江崎玲於奈博士の「ファーストランナーになれ」という言葉の引用から話を始めます。イノベーションというのは、皆それぞれが自分の体験から培った感性で、自分が今いる社会の気に入らないことを変えて行こうということから起こります。

 

まず自分を、社会を、経営環境と自社の実態を見て何をやったらいいかを査定します。
この会社のこういうところを変えて行く、ということを考えるんです。
そして何か踏み出してみる、やってみる。

 

「まずやってみる」ということが大切です。
そして、そういう変わったことをしていれば、失敗をします。

 

「まず失敗しなさい」というのが、実は私が最も伝えたいことです。
私も経験しています。カルビーが手を出した新しいことは最初の年に全部失敗しました。
ですが、失敗することから学習は始まります。それが今日のカルビーを作りました。

失敗をすると本当に自分のやりたいことがわかる、だから失敗をすることはとても大切です。失敗を踏む中で、一体自分は本当に何がやりたかったのかがはっきりしてくる、だからこそ、やってみないといわからないのです。これが最近よく言われるバックキャストです。

多くの人はフォアキャストで現在の状態で問題に取り組もうとしますが、このやり方だと少しは進んでもまた元にもどってしまいます。バックキャストはたどり着きたいところをあらかじめ設定してから進んでいくんです。

カルビーは1975年に、はじめてポテトチップスを発売しました。
ところが100円なのに、一年目はほとんど売れなかった。
「かっぱえびせん」や「サッポロポテト」などのスナックが売れていたので売れると思っていたのに、売れなかった。これがカルビーの失敗の経験です。


出荷したポテトチップスが全く売れず大量に店に残る、店から断られる、という現状を前に、松尾相談役はイノベーションの必要性に迫られる。ポテトチップスは当時スナック菓子の主流であったマッシュポテトを利用するのではなく、そのままのジャガイモを揚げた、まさに「生鮮」が売りなのだーーそう気がついてからは製造方法から社内の意識改革に至るまで、数々の革新が始まった。


 

「イノベーションには3つの柱がある」

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私は、そのころポテトチップが50億円だったのを、桁違いの1000億円の事業にしよう、とたどり着きたいところを決めました。それゆえに(そこにたどり着くための)イノベーションが必要でした。

この目標を実現するために、私は3本の柱を設定しました。

2本ではふらつくし、4本では多すぎる。3本の柱です。

 

マインド・イノベーション

プロセス・イノベーション

プロダクト・イノベーション

 

この3本のイノベーションの柱を、私はイノベーション・トライアングルと呼んでいます。

マインドから変えようとしても、上層部はなかなか変わってはくれません。ところが、プロセスを変えると結果プロダクトが変わる。そうすると上層部も変わらざるを得なくなる、マインド・イノベーションが起こる。

ポテトチップスのケースでいえばプロセスが問題でした。それまでは、馬鈴薯ができてから消費者の口に入るまでは2つのプロセスしかありませんでした。馬鈴薯が工場に来る、ポテトチップスになる、の2つですね。ところが、油で揚げてある商品はいつ作ったかわからない、と言われた。売れなかったのは口に入れる食べ物に対しての、信用がなかったからでした。

 

そこで、カルビーはこの2つのプロセスを壊しました。畑から工場へ、間に何の仲介も入れずにポテトチップスを作ることにしたんです。間を通すと、その数時間で品質が変わってしまう。畑から収穫し1週間以内にポテトチップスとして市場に出す、そしてそれを商品に明示するというプロセスに変えると翌年から売れるようになりました。

 

プロセスを変えると結果であるプロダクトに結実します。

それまでチョコレートなど賞味期限の長いものしか扱っていなかった小売店も、この2つのイノベーションの結果、ポテトチップスを置いてくれるようになりました。


ポテトチップスの原料そのものの品質を向上させ、新鮮であることを賞味期限で明示し在庫管理を行う、という二つのイノベーションの結果、カルビーのポテトチップスはその新鮮さで市場に飛躍的に受け入れられるようになり、発売から40年を経て売上高1150億円を目指す。

当時松尾相談役が推進した三つのイノベーションは、その後、原料ジャガイモの生産栽培技術と品質向上を契約農家とともに目指すカルビーポテト株式会社へと発展し、氏が2014年に上梓した「スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換」へとつながっていく。

日本の自給率が低いことは有名な話だ。しかし、松尾氏はそこに日本の食の豊かさと、農業の再興の可能性を見出し大きな機会と捉え、日本各地の農村部へと足を運ぶ。NPO「日本で最も美しい村」連合副会長でもある松尾氏は、同本で、農村にこそ日本成長の最後の余力があり、過剰な水田を畑や放牧地へと転換、地域で加工しその地域内の消費者に届ければ、新鮮で質の良い商品が迅速に流通可能な、15兆円規模の産業創造ができると説く。

松尾相談役のイノベーションの源泉は、40年前の「ポテトチップス」での失敗から脈々と湧き続けている。


 

「どんなイノベーションでも、傲慢になってはいけない」

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当時のイノベーションは、今私が推進しているスマート・テロワール(農村自給圏)にも通じています。日本の市場に成長する余地があるのはもう都市ではなくて、農業・農村ですね。

ゴールというのは、失敗の中からはっきりしてくるものです。

 

マインド・イノベーション
プロセス・イノベーション
プロダクト・イノベーション

 

そして、この3つの柱を建てて、現状からどう目標まで変えていくかを考えればいい。

 

最後にみなさんに一つお伝えしておきましょう。
師を持つことです。
どんなイノベーションを起こしても、傲慢になってはいけない。
道のりの中で、必ず迷う日がきます。
そんな時に道に引き戻してくれるのは、先生です。
師を持ってください。