Innovators Hundred Hiroshima イノベーターズ100広島

Interview
先人たちへのインタビュー

イノベーターズ100インタビュー「マツダ株式会社 藤原清志常務執行役員」 

「Words of Innovators ~先人たちへのインタビュー~」第2回は、マツダが総力をかけて創り上げた次世代エンジン「スカイアクティブエンジン」の立役者として知られる マツダ株式会社 藤原清志常務執行役員。ハイブリッドシステムを搭載せずに高い燃費と環境性能を達成するという、まさにイノベーションの塊のようなエンジンを実現したイノベーターである。

その藤原常務に、子供時代から、スカイアクティブエンジン開発時代、イノベーターとしての心構えまで伺った。 聞き手は、イノベーターズ100のディレクター市川文子。

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–藤原常務の子供の頃のお話をお聞かせください。岡山出身と伺っています。

 

玉野市の出身です。商売人の家に生まれましたが、大きな造船所のある町で家の前を作業服を着た造船マンが毎日通勤するようなところで、造船の正門まで500mあるかないかの造船の町で育ちました。呉に行くと同じような雰囲気を感じますね。呉は造船所がいくつもあるので規模は大きいのですが、玉野市のは大きいのが1社あるんです。

「かんかん」という鉄板を叩く音や、「ぐわーっ」というクレーンが動く音が聞こえるような、物を作る匠が溢れる町で育っています。好景気で会社の運動会が本当に賑やかでしたね。廃材の鉄で作った太鼓が鳴りながら応援をしている、そんな、物を作る人たちの活気がある町で育ちました。
物を作っている現場を、自分は何をしたいかと一番考える小学校のときに見ているんですね。ですから、ずっとものづくりに憧れがありました。大きくなって、医学部と工学部では工学部、と自分で決めたくらいものづくりがしたかったんです。

 

—マツダとの関わりを教えて下さい。

 

母の弟がマツダにいたので、実は小学校の頃から夏休みはこの周辺にいました。正門の前で初めての釣り道具をおじに買ってもらったり、子供の頃から非常に親しみのある場所です。

 

–常務にとって、一番ご自身の中で挑戦だったと思うことはなんですか。

 

それはもう、最近のスカイアクティブ技術と現在の商品群、2012年から出しているCX-5から昨年のロードスターに至るまでの企画・開発をプロデュースをしたことです。最大の挑戦であり、同時に最大の達成感を味わったと思います。もちろんその前には非常に大きな挫折もありました。

 

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–今振り返って当時は辛かったですか、楽しかったですか。

 

非常に辛かったです。2007年にスカイアクティブのエンジン系の責任者になりましたが、実はそれまで一度もエンジン関係に関わったことのないエンジニアでした。それが突然1800人の責任者になるというのは非常に大きなチャレンジで、2007年から2011年までの4年間は辛い時期でした。先日他の講演で使うために2005年から2011年までの写真を探したのですが、当時のものは1枚も無かった。心の余裕がなかったんですね。2012年にCX-5が出てからの写真はたくさんあります(笑)。

2007年から2011年の間はよく社長に怒られてもいました。「責任者たるもの部下のために胸を張って歩け!何をひとり下を向いて、被害者のように悩んだ顔をしているんだ、お前の後ろには1800人が見ている。部下の前で下を向くな、胸を張って歩け!」とよく言われていましたね。

 

–1800人の人たちを巻き込んで前へ進むことは大変だったと思いますが、何を心がけられましたか。

 

とにかく二つのことを言っていました。 その一つは「ビジョンを語れ、夢を語れ。夢からバックキャスティングして今何をすべきか考えろ」です。今の自分からどれだけ改善するか、どれだけロールフォワードするかではなく、夢を持ってバックキャスティングすることです。 そしてもう一つは、ブレイクスルーです。「常識を疑え、常識を壊せ、崩せ」と言い続けていました。

 私の大きな柱はその二つでしたが、それと同時に私は結果は問わないとも伝えていました。結果は正しい仕事のプロセスの中で付いてくるから、自分が正しい仕事をしているかだけ気にしろ。そうすれば時間はかかるかもしれないけれど、必ず正しい結果にたどり着く。結果を意識するあまり焦って違う仕事をすると失敗するので、そこだけは言っていましたね。

よく例に出させていただいていたのは、アテネ・北京オリンピックの金メダリスト・北島康介選手の泳ぎです。100m・200mの泳ぎとしては、とても大きくてゆったりした正しいフォームで泳いでいます。ところが結果は速いんです。「北島康介選手は速いだろう、だから焦らず正しいフォームでしっかり泳げ。焦らずに正しいプロセスだけを考えてやれ」と言っていました。

 

–上からのプレッシャーはありましたか?

 

プレッシャーがあっても無視していましたね。そこで下を向いて歩いていたら怒られるわけですから(笑)。上を向いてプレッシャーが来ても知らんぷりをする。それがきつかった。

–カルビー株式会社の元社長を務められた松尾雅彦氏も、30年先を見て、日本にポテトチップスの時代が来る、スナックの市場をつくるというところからバックキャストしていかれたそうです。

その通りです。北極星を持たない限り、そこには行けない。目の前の小さな星だとそこで終わるんです。あそこに行きたいと思って行動すると行動が変わってくる。

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–ご自身がイノベーションを起こすプレイヤーの時とリードする立場になるのとではマインドが違ったのではないですか。

 

プレイヤーのときに失敗をしたことがあります。お客様はこうだからこんなものが必要なはずだ、というマーケティングから入った商品は見事に外れてしまいました。それではだめなんです。お客様には浅はかなところが伝わります。データで評価したものには、商品の志が伝わらない。自分の意識を変えるために行ったヨーロッパで、ドイツの車作りの凄さを感じさせられました。物を作る設計者やエンジニアがこうしたい」「こうすべきだという思いを持って作っていて、それに対して私は何をしていたんだ、エンジニアの魂を忘れていた、と。志ややりたいことを忘れていたと思いました。それ以来エンジニアのやりたいことをどのようにやり遂げさせるかを考えてマネージメントをするようになりました。

 

–いかに孫悟空が釈迦になるか、孫悟空も足りないが釈迦も足りないという話をされた方がいます。 

 

そういう人たちが出続けないと企業は存続できないですね。会社は革新を忘れると必ず失敗します。アップルのデザイナー、ジョナサン・アイブが「革新を求められた企業は安全策と思っていることが安全策ではない。それは見事に失敗する理由で安全策などあり得ない。革新を求められた企業は革新をし続けないと生きていけない」と言っています。あれだけ大きな会社であるアップルですらそう思っているのなら、革新を忘れた企業は落ちていくと思います。エンジニアがさっと乗って飛んでいけるような組織や人を育てていかないといけないと思いますね。

 

–どういう風にイノベーターは育っていくと思われますか。

 

道を間違えないようにしてあげないといけないですね。専門性の非常に高い人と、プロデュース・マネージメントがうまい人と二つあると思っています。画一的な管理者養成を目的とした過去の人事制度は、車の企画・開発現場のような創造性が求められるセクションには必ずしも適さないと考えています。専門性の高い人は専門性で高い位置に評価してあげないといけないし、マネージメント層は全体をプロデュースすることで高く評価するという二通りが必要ですが、戦後、日本の企業は高度成長期にたくさんの人を管理するために、管理する役目を置きました。今はメールひとつで伝わる時代ですから伝言ゲームはいらないわけで、そういう役目はもう必要がない。全体のゲームをプロデュースする人と、専門性を必要とする人。この二つに、マツダのR&Dは人事制度を見直しているところです。

今まで匠と呼ばれていた人たちの地位も、課長や部長クラスのエキスパート、スペシャリスト職として見直し、その成果が出ています。技のあるデザインのモデリング職人たちを部長に据えたところそのチームはどんどん活性化され、どんどんいいものを出すようになりました。「魂動」※1の金属のデザインも彼らがつくっています。エンジニアリングのトップにも技監という名前を与え、誰もが目指せる道として専門性の高い職目を作りました。

 

–華やかな賞などを取るとテクノロジーの話はよく出てくるのですが人の話はあまり出てきません。社員をきちんと評価することで鼓舞するというのは大きいですね。

 

もちろんです。車を作るというのはチーム活動で、一人ではできません。企画をする人から工場で物を作っている人までチーム活動なんです。今回の商品では我々開発の第一線の人間と、販売店側の第一線の営業スタッフとをマッチングさせて、我々がどんな想いつくったかを伝えました。そして彼らが彼らの言葉でお客様に伝えます。どういう想いつくったかを直接聞くことで、販売の側も非常にモチベートされる。最後は人のモチベーションや達成感とか高揚感をいかに高めるかだと私は思います。2011年辺りからこういったことを行っていますね。

 

–データで評価したものではいい商品はできないというお話がありましたが、もちろんデータもご覧になっている。シェアを広げるというより深くお客様を知るというところもあると思うのですが。

 

もちろんデータを見ていないわけではなく、今までは他の大きなブランドと同じように、一般的なデータを同じように分析していました。ここが満足していない、こんなものが欲しいといった基本的なマーケティングをしていたわけですが、これでは必ず同じものができます。大きな会社の方がデータが多く、我々は情報量が少ない。これでは勝てないと思ったので、我々の車を買ってくださった、我々のことを徹底的に好きな人、我々がずっと手を握り絆を深めたい人を見つけることにしました。そして世界中にその人へ会いに行くんです。企画のメンバーが一日半位同行します。どのような生活をしているか、家の中を見させていただいて全部写真を撮ります。一緒に通勤する姿を見たり、車を使って行くスーパーマケットに同行したり、とにかく車を使っているところを見て、徹底的にお客様のことを深く知るんです。アメリカ、イギリス、ドイツ、タイ、中国で行いました。そしてその情報を見ながら、このお客さんには何が必要かを考えます。だから、お客様の本音は理解していると思っています。ただそれは100人中2人くらいのことですが、それくらい徹底した観察と深い調査をして、そこからクリエーションする。そこはあまり他の会社はやっていないと思います。シェアが小さいからできるんです。手間はかかりますが、お金はかからない。

 

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–フィールドワークを行うとやはり違いますか。

 

やはり、実際にそれを見てきた社員たちは目を輝かせて話をするようになります。クリエイションしたいものが自分の頭の中で見えるようになるので、味のある濃い会話ができるようになります。いい商品ができると思っています。

 

–広島の若い人たちは、何をしていくと、ワクワクとしながらキャリアがけるでしょう。

 

楽しいと思う仕事をいかにすることができるかでしょうか。仕事は楽しくない。今でも仕事をやめたいと思うことがあります。ですが、仕事は「楽しめる」んです。あれやれこれやれ言われてやるのはおもしろくないけれど、それを楽しもうと思って、何か工夫しようとか、自分で何か作り上げようとか、ああ言われたけれどこうアレンジして説得しようとか。そんな風に一つひねれば仕事は楽しくなるんです。言われたことをやっていては仕事は楽しくない。そうではなくて、仕事は楽しむように持っていける。エンジョイという言葉が正しいと思うんです。「エンジョイ ハードワーク」といつも言っています。仕事は楽しむ(enjoy)ことはできるけれど楽しい(fun)じゃない。そこは自分で考えなければいけません。心の持ちよう次第で楽しくもなるし帰りたくもなる。

 

―いつ気づかれたんですか?

 

先ほど言っていた失敗の時ですね。かつてトップダウンの体制だった時、言われたとおりにやって回答を返すだけというのはおもしろくなかった。これでは家庭を顧みることもできないとある時心を入れ替えたんです。楽しんでゲームだと思おうと。当時30代主査(リーダー)はいなかったので史上最年少主査として大変なプレッシャーでした本当に貴重な経験になりましたね。

 

–広島にマツダという大きな産業がある、という中で地場に対する責任のようなものがありますか。

 

過去マツダという会社は非常に迷惑を広島にかけました。オイルショックのときにクルマを買っていただくために会を作ってもらったり、本当に迷惑をかけながら広島に助けていただいた企業です。1960年代前半に通産省(現 経産省)に自動車会社を3に集約すると言われたことがありました。ロータリーエンジンを開発し独自技術で残っていくのですが、オイルショックのときに再び通産省にもうだめではないかと言われたことがありました。ところがもしここでマツダが倒産してしまうと、広島県の経済が大変なことになる。だから広島のために働きなさい、と言われたんです。

だから「広島に助けられたマツダ」という看板があるわけで、私たちはその広島のために必ず広島から物を作り、円高でも必ず広島からクルマを輸出し、絶対に雇用を生みます。どんなことがあっても年間85~90万台を生産します。これは国内の生産台数では2番の数字です。これが我々の広島への思いです。タクシーや散髪屋などで昔のマツダの話を聞くと、様々な家族の人生に影響を与えていると感じます。だからこそやはり、企業は長い間継続していかないと意味がないと思うんです。ぱっと出て、ぱっと潰すような企業の体制はありえないし、ずっと長い間続けるのが企業として大切で、継続するための方法を講じなければ意味が無い。そのやり方を伝えていこうと思っています。

 

–人と人が繋がる、同じように広島の企業と他の企業が垣根を超えることで新しいものが生まれているInnovators100の参加者に、メッセージをお願いします。

 

若い時は勉強するしかありません。どんなことがあっても、本を読んだり、会に参加したり。

正しいことをやっていると思ったら、自分で納得した上で、誰が何を言おうと右から左に流していけばいいんです。そしていろいろな企業から集まっているならまず自分の企業が持っている強みが何かを忘れてはいけない。そして自分自身が何に強いかを忘れてはいけません。強みをどう理解しどう使うかをいつも考えていないといけません。流行っているから新事業をというのではないと思います。

強みというものを狭い領域で考えている人はもっと広がるように、広い人はもっと深めるように手助けしてあげないといけない。その見極めが難しい。そこがスタートポイントであり、間違ってはよくない。だからそこを誰かがアドバイスしてあげると変わってくると思います。

 

–これからも仕事を楽しみ新しいものを生めるようになるためのマインドを教えて下さい。

 

やはりスキルではなくて、生き方や考え方です。とにかく若いときは「不思議に思う」こと。「なぜ」と思って探求する気持ちが大切です。そして、探求して気がついたのなら実行すること。やらないで生きていけるから、それ以外のことで楽しいと思えるからやらないのかも知れませんが、それをやらなすぎますね。