Innovators Hundred Hiroshima イノベーターズ100広島

Interview
先人たちへのインタビュー

イノベーターズ100から産まれた新製品「KAKOMUごはん」オタフクソース株式会社 田中亜紗美さん 

 オタフクソース株式会社から昨年8に発売された「KAKOMU(かこむ)ごはんシリーズ」。現在「お好み焼・たこ焼の素」「トンカツの素」「煮込みハンバーグの素」の3種類が発売されているこの商品では、米粉や大豆フレークを代用することで、卵・乳・小麦を始めとする「7大アレルゲン・フリー」食品となっている。開発の中心となったのは、イノベーターズ100 1期生の田中亜紗美さん。アレルギーを持つ家族がいても、家族みんなに同じ食事を「囲んで」欲しいープログラムの中で芽生えたその思いを新事業として結実させた田中さんに、開発に至るまでの道程について伺った。

「バックキャスト」からスタート

 

 イノベーターズ100に参加してフィールドワークを行っていた当初はダイバーシティというテーマが気になっていたのですが、その後広島のアレルギー団体の方からお話を伺ったりする中でよりアレルギーの問題に関心を持つようになりました。最終発表会で提案したものから具体的に先に進むために、プログラム終了後はメンターのカルビー・松尾相談役の「夢から逆算しなさい」という言葉を軸にバックキャストからスタートしました。

 

 

家族が食卓を「囲めない」

 

 広島のアレルギー団体の方のお話を何度も伺い、そこから紹介していただいた東京の団体などからもお話を伺ったのですが、その中で当事者の方々が「欲しいものはたくさんあるけれど期待はしていない」「理想が実現できないことは当たり前」とあきらめの気持ちでいることを感じ、「なんとかしなくては」と強く課題意識を持ちました。ヒアリングを通して皆さんがおっしゃっていたのは、食物アレルギーを持つ家族がいる場合、父親が自宅でご飯を食べないことにしていたり他の子供達が我慢していたりと、誰かの犠牲がないと食事が成立しない、食卓を皆で「囲めない」という点です。

 

 発表時には「アレルギー物質27品目を使わない基礎調味料」として提案していましたが、この課題を解決するには「調味料ではなくて、本当に家族がみんなで囲めるようなフードにしなくては」と。そこで、多少の生鮮食材を加えれば食事の形になる、弊社商品のお好み焼セットのようなものから組み立てていくことにしました。食物アレルギーの分布では卵・乳・小麦をアレルゲンとして持つ子どもが最も多く7割以上。それなら卵・乳・小麦を材料に使うメニューをこの3つを使わなくても作れるようすれば、食卓を囲めるようになるのでは・・・と徐々に具体化していきました。

 

 

小麦粉を扱っていない工場が無い・・・!

 

 開発までの3年間で一番苦労したのは、製品を作ってくれる工場を見つけることでした。弊社は液体調味料を扱う会社なので粉物についてはパートナー企業さん委託をするのですが、小麦粉を扱っていない、且つ小袋充填もできる工場というのが本当に無かったんです。小麦粉は違うラインだから、といっても粉なので舞って入ってしまうかもしれないし、粒子なので後に分析をしても検出は難しい。7大アレルゲンを製造していない工場で・・・とネット検索でヒットするそれらしい企業をリスト化し、片っ端から問い合わせを続けました。最終的には数社に試作へ入っていただいたのですが、たこ焼もお好み焼も両方作れる粉にしたいという私のわがままで、今度はなかなか味が定まらず配分で苦労してしまったり。改良して調理してみて、をとにかく繰り返しましたね。

 

 

偶然知り合った企業の方や、上司が支えてくれた

 

 工場探しやあちこちで飛び込みのように話を伺う中で、心が折れてしまうことももちろんありました。でもそれと同時に、上司や途中から加わってくれたチームメンバー、そしてこの商品を生みだす過程で知り合った方多くのからのサポートもたくさんいただきました。工場探しの時に偶然飛び込んだパン粉メーカーからは「うちではできない。だけど、田中さんのやろうとしていることは意義がある夢を実現させるための力になるよ!」とその後もずっと応援していただきました。

 

 どん底まで落ち込んでいたときの支えとなったのは、上司の言葉でした。普段は鬼のように()厳しい上司に「お前がやろうとしていることは今では俺の夢でもある。たとえお前が実現できなくとも俺が実現させちゃる。お前は今、それだけ意味のある仕事に取り組んどるんよ。といわれ、へこたれている場合じゃない、なんとしてでも実現してやる!と気合いを入れ直しました。その言葉あっての今だと思っています。

「お好み焼ってこんな味なんだ

 

 一番嬉しかったのは、先日開催された「みんなのアレルギーEXPO 2018」で自分の調理した「KAKOMUごはん」を実際に食べていただいた時ですね。今まで一度もお好み焼を食べたことが無いという食物アレルギーの女性が「え、お好み焼ってこんな味なの?初めて食べた!美味しい!」と一緒に来られた方とお好み焼を囲みながら、笑顔で・・・。思わず涙ぐんでしまったのと同時に、ニッチな商品だとしても、本当に求めている方は確実にいるんだ!という事を実感した瞬間でした。

 

 現在は、他の食品メーカー様と共に「アレルギーケア商品」を多くの方に知っていただくための取り組みも計画中です。弊社の社長も「この商品はすぐには売れないかもしれない。だけど、絶対無くしたらいけないね。」と言って下さって、本当にありがたく思っています。

 

 

イノベーターズ100で学んだこと

 

 イノベーターズ100に参加していなければKAKOMUごはんシリーズは生まれていません。チーフディレクターの市川さんには最終発表の前日の夜中まで相談にのっていただきました。プログラムでは途中でテーマを「アレルギー」に方向転換したためにしんどい思いをした覚えがありますが、後から「あれ、アレルギーもダイバーシティだ」と。その時辛いなと思ったことでも先々は自分の身になるというのを、このプログラムと新事業創出の過程で実感として理解できた気がします。

 

 イノベーターズで知り合った方々とは今でも交流がありますね。それに、「上司ー部下」間の「縦の関係」や、私を他の会社につないでくれたパン粉メーカーの方のような「斜めの関係」、その全てが今回の商品につながっているんです。イノベーターズ100で学んだ、人を巻き込むことの重要性や実際に「人」から話を聞く大切さ、自社資源を理解することの必要性、これも本当でした。

 

 

「我がこと」にするから新しいものが生まれる

 

 商品化までに時間がかかってしまったと感じていますが、同時に、時間をかけることにも意味があると思っています。じっくりと時間をかけることで一回課題を「我がこと」にして、そこから辛いこと、嬉しいことを積み重ねて新事業を構築していく。時間も苦労もかかりましたが、製品にしたからには今後もきちんと育てていくつもりです。「新規事業が立ち上がるまで山あり谷あり。嬉しい・辛いの振り幅が人生の豊かさなのだ」と商品ができあがった今は思えますね。